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続・ウエイトトレーニング考

前回のブログについて「ウエイトはダメだが腕立て伏せなど、自重を使ったトレーニングならいいのか?」というコメントをいただいている。

私はウエイトトレーニング自体、必ずしも否定していない。ケタはずれの力を身につけられらば少々の技など跳ね返せるし、即効性という点でもウエイトは有益だ。ただ、普通の才能、体格の人がいわゆる古流の稽古に長期に渡りウエイトをメインとすることには懐疑的である。よほどいいコーチにつかないと弊害のほうが大きいと感じている。

武術的身体、あるいは武的な動きというものを目指しながらウエイトを取り入れる場合「居付き癖」には最大限留意することが必要だろう。重たいものを持ち上げるのに「その場で踏ん張ってしまう」のは自然な動きだがこの癖が自由な身体の動きを止めてしまう。

自重を用いたトレーニングについてはウエイトに比べれば取り入れやすいだろうがその場合でも「正しい指導を受けること、いいコーチがまわりにいない場合にはほどほどにとどめておくのが無難」というのが持論だ。学生時代の無茶な腕立て伏せで肩や肘の変形しているものはかなりの数でいるように思える。姿勢の矯正には非常に時間がかかる。多かれ少なかれ人間の身体には歪み、癖があるのだがやみくもに「質より量」の自重トレを繰り返せばますます変形を助長してしまう。

私の会での鍛錬としてはサンチンの型を利用し、パートナーに身体を軽く抵抗をかけてもらうことで鍛錬としている。器具などは使用していないが皆10分もすれば「キツイ、キツイ」の連発である。それ以外の補助運動は相撲のような押し合いをすることで地力を養成するくらいである。各人、各競技にあった鍛錬がある。私の場合メインとなる鍛錬はサンチンだ。

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ウエイトトレーニングはなぜ戒められるか

いわゆる古流や中国武術の世界ではウエイトトレーニングを嫌う指導者が多い。私の沖縄空手の先生もそうだった。

このことから「古流にパワーは不要」という伝説ができたのかも知れない。本当にパワー不要で普通の女性や老人がプロ格闘家を楽々と投げ飛すような技術が得られれば実に素晴らしい。もちろん約束稽古でなくスパーリングで示してもらえることが条件だ。

私の知る限り、実力のある先生でウエイトトレーニングに否定的な方はおられたがパワーの必要性を否定した方はいなかった。パワーはあればあるほど有利である。空手の先生も「パワーに頼るのはダメだが、パワーはあるほうがいい」と若いころは指導されていた(現在はどのような指導をされているかはわからない)。

ウエイトトレーニングの話にもどると、この練習はよほど注意深く行わないと鍛えやすく、見栄えのする筋肉(大胸筋や上腕二頭筋など)ばかりを大きくして肝心の武的に必要なパワーを殺してしまう結果となることがある。また、今の日本で普通に仕事をしながら余暇に武技とウエイトトレの双方に十分にな稽古時間を持てる人のほうが稀ではないだろうか。

私は会員に対してウエイトを一概に否定してはいないが人によって武的な動きに悪影響が出る場合は戒めている。またウエイトに興味を持っていた会員の多くも他の会員がウエイトトレーニングなしで武的な力を出せるようになるのを見てウエイトへの興味は薄れるようだ。

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やっと読み終えた。映画を見たのが昨年12月、原作本を読み始めたのが3月末。全5巻を少し読んでは休みの繰り返し。映画を見たときの違和感が一層強くなり「大地の子」や「不毛地帯」ほどハマることができない。

主人公は無私、純粋、頭脳明晰で正義感が強く、仕事にも人一倍の情熱を持っている。敵役として登場する上司は悪知恵に長け、保身と出世のためには他人を陥れることを躊躇しない連中がほとんんど。実話を素材にしているので一つ一つの事件にはリアリティがあるのだが人物描写にリアリティを感じなかった。善玉、悪玉が単純、明快すぎるのである。水戸黄門ならそれでいいのだが。

主人公のモデルは元JAL労組の委員長とか。実際は映画や原作と異なりイデオロギーを持った闘争家だったようである。御巣鷹山事故にもほとんどかかわっていないのが真実のようである。小説そのものよりも下敷きとなった実話を調べることにハマってしまった。

受け技の基本稽古

多くの空手道場では基本稽古で受け技の反復練習を行う。サンチン立ち、あるいは四股立ちで上げ受けや下段払い、手刀受けなどを繰り返すというものだ。

この類の反復稽古を行う場合、戒めるべきは受け技のスピードアップのみに気を取られ、肝心の手や腕が「死んだ」状態のままでの稽古を繰り返すことである。受け技は見栄えはするがそのまま自由組手や本当の実戦で使うことは難しい。ある程度修行した相手の本気の攻撃技を手だけを使って受けるのは容易ではない。まして実際には連打がほとんどであるから単発の受け技では防御はほとんど不可能だ。極論すれば受け技の練習は「使えない技の練習」であるからスピードに極端にこだわる必要はないともいえる。

私の教室では型に出てくる受け技にパートナーが手を当て、腕や拳先が「生きている」かどうかをチェックする稽古を重視している。腕が生きていれば相手の出す技のコースが少々変わっても追随できる可能性が高くなる。結果的にスピードが出るのは結構だが最初から一定方向の動きのスピードアップにのみ留意した稽古を行うと違ったパターンを使われると手も足も出なくなる。

テーマ : 空手
ジャンル : スポーツ

常在道場

当会出席頻度1位のE君ははじめての稽古の際に「こんな狭いところで空手、しかも組手をするのか?」と驚いたという。

GWはスケジュールがやや変則となるため会員諸氏の中には日ごろと違う体育館での稽古などもあり、刺激となったのではないか。広い場所での稽古では投げ技や長い距離での移動稽古など狭い場所では難しい稽古ができる。

さりとて場所が狭いからといって稽古ができないということはない。往年の大東流合気柔術は一畳の広さがあれば稽古が可能であったときく。狭いなりに稽古の方法はある。私も先生の自宅で指導いただいた日々が貴重な経験となっている。
プロフィール

古流修行者

Author:古流修行者
大阪、三木で沖縄空手を指導しています。東京稽古会も活動中。型で身体を創り、組手に活用します。興味をもたれた方はjyoutatsuhou@gmail.com までご連絡ください。

武道上達法研究会 古伝沖縄空手指導日誌

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