FC2ブログ

教養の強制

当会会員Fさんには高校生のお子さんがいる。学校で歴史クラブに所属しており、最初は楽しげだったのが最近はどうも面白くなさそうにしているとのこと。

聞けば最近顧問の先生が変わり、以前は史跡巡りなどを中心に活動していたのが新しい先生の指導では校内の学説討論が中心となり、フィールドワークが大幅に減少したことが理由らしい。学説を知り、討論することは教養を深めるには意義がある。しかし高校生でこれが楽しいものは多くないだろう。授業の延長のようにに感じることがほとんどではないか。ある程度教養は義務的に身につけるものだろうが、高校生で授業の後にもう一度授業を延長して教養を身につけたい、と思うほどモチベーションを持てるものは多くはいないだろう。

型と組手を別物とする空手道場は少なくない。多くの道場では「空手なんだから型もやれ」と指導する。この場合、型は空手を稽古する上で技術の向上というよりは教養のために指導しているのである。先生とはいえ他人に強制される型は楽しくない。型で身体や組手が変化することを自分で実感することで型の意義も理解でき、楽しみも増してくると思う。
スポンサーサイト

自由組手について

当会は月2−3回自由組手を行っています。もちろん、アマチュアである以上安全性には十分な留意をしています(十分な監視のもとで行う、経験が浅いものは自由組手を見合わせる等)が、まったく緊張感のないゲーム的な組手では稽古の意味がありませんのである程度の厳しさはもたせています。

他流経験者から最初の組手の後に「以前の道場で懸命に稽古した技もルールが変われば案外出てこないものですね」という言葉を聞かされることがよくあります。会員のバックグラウンドはさまざま、キックボクシング、フルコン空手、伝統空手、総合格闘技など。他流経験者も最初は戸惑いながら徐々に自分の習った流派の技を活かしながら柔らかい動きも取り入れた組手となってきます。

当会の自由組手はさまざまな状況で柔軟な対処ができるような稽古としての位置づけを心がけており、極力ルール、状況の変化にも対処できるものを心がけています。熱心にくる会員なら半年くらいで身体が徐々に変わり、少々組手のルールが変わっても身体が対応できるようになっています。もちろん、まったくの初心者でも戦い方を覚えた後は経験者との組手にも参加しています。

スタンスを狭くしろ!?

大学時代のフルコン空手で「スタンスをもっと狭くしろ!肩幅と同じか、ほんの少し広いくらいだ!」と指導する先輩がいた。しかし、私の場合フルコン時代は狭いスタンスではどうも戦いにくかった。あまりフットワークが巧みなほうではなく、当時はスピードより安定性を重視していたので足幅を広めたほうが戦いやすかったのである。また、他の先輩達をみてもスタンスの狭さと強さに相関関係はないように感じていた。

フルコン時代は足幅を肩幅の倍くらいはとっていた。目標としていた先輩もかなり足幅を広くとる人だった。先輩は四股立ちのように広い歩幅からわずかにステップインして鋭いハイキックを顔面にはなっていたのが鮮やかだった。また顔面なしフルコン特有の胸、腹の殴り合いになったときに狭いスタンスだと押し負けるのである。

後年、沖縄空手の先生からもスタンスを狭くすることの重要性は指摘された。実戦派の中国武術の著書でも狭めのスタンスを指導されているものは少なくない(「拳聖・澤井健一先生」「秘伝必殺鉄砂掌」など)。

「肩幅より少し広いくらいのスタンス」には意味があることを理解できたのは沖縄空手をはじめて以降である。沖縄空手の基本の足幅は一脛一拳、ヒザ下の長さに拳の幅をプラスしたくらいの幅となる(肩幅よりやや広いくらいとなるはずだ)。これ以上の広さでは自然に足をすすめる(歩み足)のにも無理があるし、回転系の技を使うのに自分の足が邪魔になって回転が不自然となる。スタンスを狭くすることの重要性は素直に理解できた。フルコン時代と異なり、今では姿勢の安定とスタンスの狭さは相半するものではないという認識だ。

スタンスを狭くしろ、という指導自体は正しい。当会ではスタンスは上記の一脛一拳と指導している。説得力のある指導をするにはなぜ広いとダメなのか、を説明する必要があると思う。

逆に言えば、もし対象がフルコンルールの中だけの戦い(顔面、金的なし)のみであればスタンスは細かいことを言わず、結果オーライ、個性を重視すればそれでいいのかも知れない。

スピードアップのトレーニング

当会会員のS君は高校時代空手部に所属していた。無理なパワートレーニングを指導されたせいか入会当初は突きのスピードが非常に遅かった。

「スピードがないな、高校のクラブでもそんな指摘がなかったか?」
「ハイ、スピードがないと言われました」
「で、どんな指導をされた?」
「もっとスピードを出せ、と言われました」

「それで?」
「それだけです」
「は?それだけ?」
「それだけです」
「・・・・・」

学校の先生が成績の悪い生徒にお前は成績が悪いからもっと勉強しろ、といったレベルの指導である。
程度の低い指導者だな、とは思ったが日本のスポーツ界ではこの手の指導は珍しくないだろう。カラオケで「ヘタクソ!」と野次っていれば歌が上手くなるのだろうか。

閑話休題、基本練習を繰り返してもスピードが遅い人は「スピードを出す」という行為を難しく考えすぎているケースも少なくない。

例えば無意識に熱したヤカンなどに手が当たる。「熱い!」といって手を引っ込める。このとき、筋トレやコンビネーション稽古を行わずともかなりのスピードが出ているはずだ。もちろん空手に応用するには次の段階として

1)無意識に出たスピードを意識的に出せるようにする
2)本能的なだけの動きを空手的な動きに改造する

というプロセスを経る必要がある。それほど難しい指導ではない。自然な動きの延長であるからだ。




準備体操

発足当初はいきなり自由組手から稽古をはじめた当会であるが最近は真向法や脱力運動などの「身体を創る基礎的な運動」から稽古をはじめている。人が増え、それぞれレベルが異なるため基本の身体創りを重視せねばならないこと、また怪我の防止も重視するようにもなったためでもある。

「身体を創る運動」といってもラジオ体操的なストレッチとは異なり、それだけで武的身体を創ることができる運動ではある。学校体育的な力とことなり、ハラの力、身体の締め方や緩め方を習得させるせためのものである。運動能力の高いものでも最初は軽く腕をまわすだけで身体ごと振り回されるほどだ。

とはいえ、稽古をあまりパターン化してしまうと別の問題も生じる。稽古のカリキュラム化とでも言えばよいか。マイナス面は考慮せねばなるまい。身体創りはともかく、精神において安心感ができすぎてしまうのである。

私が自由組手を教えていただいた先生は準備体操をことのほか嫌がった。私が仕事で疲れ、稽古前に首や腰を伸ばしただけで「君は襲われたときに『準備体操が終わるまで待ってください』とでも言う気か?健康スポーツなら他所でやれ!」と叱責されたものだ。

準備体操をしなければどうしても不安、という人は武術(「格闘技」ではない)には不向きなのかも知れない。
プロフィール

古流修行者

Author:古流修行者
大阪、三木で沖縄空手を指導しています。東京稽古会も活動中。型で身体を創り、組手に活用します。興味をもたれた方はjyoutatsuhou@gmail.com までご連絡ください。

武道上達法研究会 古伝沖縄空手指導日誌

FC2Blog Ranking

アクセスランキング
アクセスランキングに参加しています。ご来場いただいた方は上のバナーをクリックいただければ嬉しいです。
[ジャンルランキング]
スポーツ
592位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
格闘技
43位
アクセスランキングを見る>>
カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
QRコード
QR
検索フォーム
おすすめ本・DVDなど
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア