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100人中2、3人しか残らないのも問題だが・・・ (上)

私の沖縄空手の先生は大学空手の出身だった。

「技術的にはたいして競技空手から得るものはなかった」と話されていたが先生の現役時は昭和40年代、学生武道の硬派イメージが強かった時代である。稽古は相当厳しいもので寸止めルールでも当てて倒すの当たり前。自由組手で失明した、腕を粉砕骨折して変形した人がいたなどといった話をしばしば伺った。日々の基礎練習も非常に厳しく基本練習、体力運動などは時間単位(前蹴りなら前蹴りばかりを1時間続ける、など)で行うことは普通であり、当然脱落者も多く1年生のはじめに100人近くいた部員が2年生になるころには10人以下になっていたとか。

私が空手をはじめた昭和50年代半ばは丁度「空手とは厳しいもの、ついてこれないヤツはやめてしまえ!」という時代と多くの道場が「正しい(?)指導法により誰でも強くなれますよ」とアピールしだす時代との狭間だった。普通の大学では哲学も学生運動も姿を消しかけていた。

(続く)

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古流修行者

Author:古流修行者
大阪、尼崎で沖縄空手を指導しています。また東京稽古会も発足しました。型で身体と動きを創ることを中心としています。興味をもたれた方はjyoutatsuhou@gmail.com までご連絡ください。

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