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自分で考えろ!という指導法

創造性というのは人間のもっとも大きな能力の一つではないか。教わったことをただ暗記し必要に応じ引きだすだけ、といった行為ならロボットのほうが正確だ。「自分で考える力の養成」は学校でもビジネスの現場でも重視されるようになっている(はずである)。

さて、自分で考える力を養成することは非常に大事である。問題はしばしばこの言葉が指導者の無能を隠蔽するために使われてしまうことだ。武道の世界でも一般の社会でも同様、必要事項を学習した後で独創性は発揮されるものである。ゼロはいくらかけてもゼロだ。

しばしば職人芸の世界などで「師匠からは何も教わらなかった」という言葉が聞かれるが、ごく一部の天才の世界が対象か、さもなくば誇張があるように思われる。事前の詰め込みすぎが考えられない人間を育成するのと同様、まったく教わらずに名人レベルまで上達された方は存じない。もしそれが事実ならコーチの仕事は簡単だ。一流プレイヤーのビデオを見せ、「後は自分で考えろ!」と言っていればいいはずだが。
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No title

 こんばんは。有明です。

 至言ですね。本質は「自分で考えろ」で、武道、流派の開祖はまさにそうだったに違いありません。しかし、それがしばしば無能さの隠れ蓑になっていることも事実で、この辺は私の仕事の場面でも頻繁にみられることです。昨今の若い子は手取り足取りの指導に慣れきってしまって、「自分で考えろ」という指導のしかたが極めて重要なのですが、サービス社会になってしまった世間はそれを許してくれません。そしてまた、自分で考えろという指導者の中にはまさに無能な人が紛れ込んでいるのも事実です。

 重要なのは信頼されるだけの何かを指導者が持っているかでしょう。実力は当然ですが、指導者が、しっかりと弟子と稽古の時間を共有している姿勢ではないのかなと考えています。稽古の時間中、何も言わなくても、弟子と一緒にその時間を真剣に共有しているときに、初めて「自分で考えろ」が成り立つのではないでしょうか。

 

No title

有明さん、コメントいただきありがとうございます。

教えすぎ教育の反省からか「師匠は何も言わず、ただ背中を見せて弟子を一流に育てるのが日本の伝統」との論評をたまに見かけますが条件によりけりだと思います。

理想的な武道教育は

1)武道の天性を持ち
2)一流の武道家に幼少期に弟子入りし
3)伸びしろの十分ある時期に武道的な身体を創り
4)ひたすら師匠や兄弟子に毎日毎日技をかけられ続け
5)理屈は考えなくともいつの間にか身体が技を覚えている(師の技をコピーできている)

ものではないかと思いますが現在でこれを再現するのは非常に幸運なケースではないでしょうか。多くの空手道場では少数エリート教育ではなく普通の学生や社会人が時間を捻出して稽古に来ているはずです。

残念ながら集まってくる生徒は才能、環境、年齢などすべてに差があります。
この環境で「何も考えずにワシの真似をすればいいんだ!」というのは多くの場合単なる手抜き指導というしかありません。

「型は教えてやるからツベコベ言わずにこれを繰り返せ!」といったやり方では強くなることはもちろん、演武が上手くなることも難しいでしょう。

プロフィール

古流修行者

Author:古流修行者
大阪市内、三木市内で沖縄空手を指導しています。東京稽古会も活動中。型で身体を創り、組手に活用します。興味をもたれた方はjyoutatsuhou@gmail.com までご連絡ください。

武道上達法研究会 古伝沖縄空手指導日誌

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