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手首を握る稽古

合気系の流派(合気道、その源流である大東流、八光流及びそれから派生した日本少林寺拳法など)の稽古は手首を握られた状態からはじまる稽古体系が多い。これを実用護身の点から批判する人がいる。接近して最初の攻撃が手首を握るだけ、という暴漢は稀であるし、手首を握ったままじっと相手の攻撃を待っている暴漢はさらに稀、という理由である。

これに対しての一般的な説明として「日本の武術は帯刀状態を想定しており、手首技は刀を抜かせないためのもの」という解釈がある。現在の稽古体系はその名残であるということだ。

一見もっともだが
1)帯刀している相手の手首を持てるほど接近できたのならば当身等でダメージを負わせたほうが手っとり早いし、確実
2)大東流(事実上は武田惣角翁のオリジナル)の成立は実質的には廃刀令以降であり、日本刀への対処に重点を置く意義が不明
3)古流の剣術、居合術には刀身を使った技ばかりでなく柄や柄頭を使った技術も伝授されているがこれらへの対処は?
4)中国や古代ローマなど、帯刀の文化を持った国家は少なくないがそれらの国の武術は日本武術のように手首技を重視していない
などといった疑問が生じる。

以下私見ー

実際の戦いには相手の動きに対する「読み」が重要になる。動体視力も読みの要素ではあるだろうが接近戦で動体視力に頼っていては相手のフェイント技等に対処しづらいし、おそらく目からの信号より相手のパンチが当たるほうが早いだろう。

接近戦での対処にはいわば全身をセンサーとして相手の動きを読む必要がある。しかし初心者にいきなり相手の突き、蹴りをセンサーで察知せよ、といっても無理だろう。その前段階の稽古が必要だ。

手首をとったり、とられたりすることは全身の触覚を鋭敏にし、読みの能力を向上させる意味があったように思われる。離れた状態よりも接点を持ったほうがはるかに相手を読みやすい。太極拳での推手と同様。

手首を握る稽古はボクシングでいうマススパーの役割をになっていたのではないのだろうか?マススパーも漠然と行っていては効果が期待できないのと同様、手首をとる稽古も触覚を意識しなければ効果が薄いように思われる。

以上私見である。実際に合気道等を経験された方のご意見は如何だろう?
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コメント

Unknown

そうたろうさん、こんばんは

初心者、中級者、上級者と同じ手首でも握ったときに明らかに感触が違いますね。例えれば初級者の手は自転車のハンドルグリップのように握りやすく、中級者は水の入ったビニール袋のようにつかみにくい。さらに上級者は高性能のセンサーがしっかり効いておりこちらが動いた瞬間に術をかけられるような感覚です。ちょうどボクシングや空手で同じ身長、同じ位置に手を構えても初心者と上級者とで「入りやすさ」がぜんぜん異なるようなところから今回の比喩をいたしました。

合気道を10年修行されたそうたろうさんに同意いただき嬉しく思います。

コメントいただきありがとうございました、またよろしくお願いします。
 

マススパー

こんにちは。そうたろうです。とても興味深い記事でしたので、コメントさせてください。

「手首を握る稽古は、ボクシングのマススパー」という表現、とてもしっくりきました。
まさに、そのとおりだと思います。

おっしゃるとおり、太極拳で言うところの推手です。

僕も、同様の意識で手首をとる稽古をしています。

皮膚感覚と「つながり」を意識するには、手首をとる稽古ってとてもいいんです。

合気道場では「気を合わせる」と表現しています。

僕の私見ですが、
生徒に手首技を指導する際に、
「皮膚感覚を鍛える稽古だよ」
というよりも、

「サムライが刀を取られそうになった時の
対処技だ」

といったほうが、生徒の「食いつき」がいいからなんじゃないか、と思っています。

武術的に考えても、
刀を取ることよりも、

相手の中心を押さえるか、
当身を入れるほうが、
手っ取り早いと思います。

またお邪魔させてください。

ありがとうございました。

Unknown

F,Nさん、参考になるコメントありがとう。その後居合の修行具合は如何ですか?
少し私の説明も不足でしたが居合の熟練者に対し、接近できたとしても手首を握る動作だけで相手の動きを封じれるか、という疑問からの今回の記事です。
私は居合も合気道も経験はありませんが私の空手の先生は居合も高段者で、柄頭を使った打撃(柄当て、というのでしょうか)を見せていただいたことがあります。軽く腕(手首や手甲では危ないので)を打たれたのですが骨までくるような痛さでした。
「刀術を知っとるもんに刀が鞘の内やゆうて迂闊に手を出すとエライ目に会うぞ!」という説明を受けました。
今回の記事はこのときの記憶が下敷きとなっています。
>短刀で突いてきた場合でも手首を握り武器を封じてしまう。自分から突く蹴るは切られる恐れがあると思いますので私ならば手を出しません。
これは道理にかなっていると思います。いくら拳を鍛えてもカッターや果物ナイフで簡単に傷つけられてしまいます。以前交流したナイフ術者は相手の打撃に対して拳面や手の甲を切る技を示してくれました。
実際、ほんものの刃物に対抗するには剣道三倍段(梶原一騎氏の造語?)どころではないように思います。

Unknown

ご無沙汰をしております。
いつもHPを楽しく読ませていただいてています。
居合いをしているので私なりの意見を述べさていただきます。
刀を抜くときには少し体から離して抜きますが、この抜くときが他流から見ると勝つチャンスなんです。
柄に手をかけたときに刀は相手の方に向いているので相手の手首なりに一刀を送り込めば相手は戦闘不能の事態に陥ります。
相手の手をつかめるほど身近な時は、状況にもよりますが、手を封じるほうがいいのではないでしょうか?手を封じても尚且つやめない場合には当身もよいと思います。
短刀で突いてきた場合でも手首を握り武器を封じてしまう。自分から突く蹴るは切られる恐れがあると思いますので私ならば手を出しません。
居合いを稽古していていろいろ考えると手を押さえることは重要であり、また抑えられた場合どうするのかも技があります。当身あり、柄を使う場合もあります。
剣術、居合いの稽古するなら空手、柔術などを稽古する必要があるのではないかと思います。

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プロフィール

古流修行者

Author:古流修行者
大阪、尼崎で沖縄空手を指導しています。また東京稽古会も発足しました。型で身体と動きを創ることを中心としています。興味をもたれた方はjyoutatsuhou@gmail.com までご連絡ください。

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