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叱る?褒める? ・・・ モチベーションと厳しさ

私は最初はあまりモチベーションは高くなかったのですが、講師が小さなことでも褒めるので嬉しくなって途中から自分でも意外なくらい真面目に勉強しました。
最初はやる気のなかった者のやる気を出させた、「褒める」はモチベーションの維持の点で効果的な指導力の一つだと思いました。


以上は以前のブログに読者のしまさんからいただいたコメント。褒めることがモチベーション向上につながることは事実だろう。あまり褒められたり、叱られたりして一喜一憂というのもどうかとは思うが。

私は教育学を本格的に学んだわけでもないので「褒めるべきか、叱るべきか」について専門的な見地から回答はできない。「指導者と生徒の関係」といっても一様ではない。カルチャーセンターと相撲部屋ではレベルが異なる。

一部の体育会系指導者にはただ怒鳴り、人格否定することが厳しさであると考えている人たちがいる。多くはモチベーションを低下させる名人である。ムチでしか人を導けないタイプなのだろう。厳しさは必要だが欠点をあげつらうだけで技量が向上するとは思えない。日本の場合「師弟関係かくあるべし」というステレオタイプのみがあり、指導法の効果の検証は不十分なように思う。

さて、ただ叱るだけの指導法の場合、指導を受ける側が叱られるのを恐れるあまり欠点を隠すようになるという弊害がある。スポーツや芸術の指導なら比較的ミスも発見しやすいが通常の職場の場合はそうはいかない。職場のミスを「一時的に」隠すのはそれほど難しいことではない。「叱る」指導が日本型指導法とするならば日本の組織の無責任体質を創りだしているとは言えないだろうか。オリンパスや大王製紙などは日本的無責任トップのサンプルとしてこれからビジネススクール等でケーススタディになりうると思う。

私の教室では技術的なことで生徒を指導する場合、「褒める・叱る」というよりは「事実を指摘する」だけである。例えば
「この動作のときに足に力が入っている」
「この部分は以前より力を抜いた状態で自然に腕が伸びている、家で練習した跡がみえる」
「いったん良くなりかけた背中を曲げる癖がまた出てきている、勝手なトレーニングをやったのだろう」
といったものである。指摘、矯正されることで技が出せるようになる→以前はできなかったことができるようになる→結果としてモチベーションが向上する。

大人ばかりの教室なので褒めたり、叱ったりでモチベーションを高めるような指導法はとっていない。たいしたことのない私であるが威張ったり、怒鳴ったりすることで優越感に浸るほどはレベルは低くない自負はある。
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コメント

Unknown

コメントいただきありがとうございます。

職場の場合、指導する上での叱責はある程度必要でしょうが「いいこと、悪いこと」は普通の大人ならある程度わかるはずですね。それを「お前はこんな悪いことをやった、ダメなことをやった」と必要以上にアピールするのは自己満足にすぎない。「欠点を指摘する」のが目的ではなく「メンバーのレベルとモチベーションを上げ、組織の力を上げてゆく」のが目的のはずですから。

Unknown

「モチベーションを低下させる名人」・・・
職場だけでなく、道場にも至るところにいらっしゃいますね。

事実を指摘して、出来なかったことを出来るように成長させていく・・・。素晴らしいと思います。私も職場だけでなく道場でもそうありたいものです。

Unknown

わざわざ記事にしていただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

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古流修行者

Author:古流修行者
大阪、尼崎で沖縄空手を指導しています。また東京稽古会も発足しました。型で身体と動きを創ることを中心としています。興味をもたれた方はjyoutatsuhou@gmail.com までご連絡ください。

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