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「打たれる」稽古と心道流

当会は心道流の流れをくんではいるが組手に関しては私が組手指導をいただいた I 先生の影響が大きい。
「達人でもないもんが一発も打たれへんということはありえへんやろ、素人のパンチでくたばって武道と言えるのか!」

当会は普通の社会人を対象としているので会員のレベルに合わせて稽古を行っているがある程度空手らしい動きが身につけば胸や腹、腕をぶつける稽古も普通に行う。あまりに打たれ弱いと「痛い!」という感覚に負けて実際のダメージ以上に反撃に影響する。このあたりはフルコン空手の経験者なら容易に理解できると思う。

ところで・・・私の心道流の先生はしばしば以下のような話をされた。
「座波先生との稽古の後、家路に着く途中腕や足がヒリヒリしびれた。座波先生に打たれると本当に痛かった。スポーツ空手で打たれたのとは異なる感覚だった」
つまり座波先生は少なくとも老境に入るまでは必ずしも「痛くない」稽古ばかりをしていたのではないということだ。武術としてはむしろ当然のことと思う。

「痛くない稽古」が心道流の特徴と断言するのは短絡的に過ぎるように感じている。
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No title

 こんばんは。有明です。

 そういえば夏のセミナーもなかなか「痛い」経験をさせていただきました。痛みを伴わない打撃系の稽古というのは語義矛盾のようなものですね。「痛み」を与えること、「痛み」を受けること、受けた痛みを「いなすこと」にも空手の技術はしっかりと配慮してあるように思います。痛みという視点で技を見直すというところで進歩や発見があったりもします。昨今研究している腹圧も、痛みを与えることにも、また不意の打撃を食った時に痛みをいなすときにも、とても有効なものです。フルコン空手家の中には個人的な秘伝としてひそかにこれを研究している人が意外と多いです。試合に有効な秘術なので人に教えようとしないのですね。

 こうした様々な視点が手にはいることを考えれば「痛み」のない稽古はなにやらもったいない気もしますね。また、そういう稽古をしている人たちが自由組手に取り組むと、みなフルコン空手のスパーリングのようになってしまうのも不思議です。

 そういえば、だいぶ前に購入した空手雑誌の別冊を見ていたら古流修行者さんの若き日のお姿をお見かけしました。座波先生の痛い攻撃のお話も、きっとこのころに聞かれたお話しなんでしょうね。

No title

有明さん、コメントいただきありがとうございます。

見られたのは昔の月刊K誌でしょうか、もう約20年前のものではないでしょうか。

さて、
「痛みを伴わない打撃系の稽古というのは語義矛盾」
その通りですね、怪我が当然というような稽古はもちろん戒めるべきですがある程度当てたり、当てられたりの稽古は何が効くのか、効かないかといった武術なら当然の検証に通じると思います。
「効くと思っていた技が実は効かない、なぜ?」を考えることで稽古への取り組みも変わってくるでしょう。極端に痛みを否定すればその機会は減少します。
いわゆる古流系には極端に痛みを避け、「秘技さえあればOK」と指導する傾向もありますが、実証をなおざりにして「こう教わったから」というだけで神秘化してしまうケースはあとで大きな失望を与える可能性がある。以前有明さんのブログで書かれていた司馬遼太郎の「おお、大砲」状態です。
もっとも古流の道場で当てることを戒めている指導者が別途フルコンや現代格闘技の道場に通い、そこでガンガン当てているケースも少なくないようですが。
プロフィール

古流修行者

Author:古流修行者
大阪市内、三木市内で沖縄空手を指導しています。東京稽古会も活動中。型で身体を創り、組手に活用します。興味をもたれた方はjyoutatsuhou@gmail.com までご連絡ください。

武道上達法研究会 古伝沖縄空手指導日誌

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